2014年1月12日

綱つり 2014


















 毎年この日は、この地域の「綱つり」の日と決められている。


 村境の進入路などに厄除けとして、藁で作った様々なものを吊るし災いを防ぐ行事だ。


 この辺では隣組の数件が集まって、一緒に作る事が習わしとなっているようで、一昨年からそれに混ぜてもらっている。


 しかし、どの農家も藁を生活の道具として使う習慣が無くなっているので、これを指導してくれる年寄りも年々少なくなっている。




 季節感が乏しい現代の生活には、こんな具体的な歳時記を残していくことも大事だと思う。












 理由は分からないが、ここでは徳利と俵と草履が厄除けの象徴となる。


 自宅のすぐ横が山へ上がる旧道(赤道)になっているので、早速その入口にそれを吊り下げた。





 
 昔これを怠った村のご老人が”金縛り”?にあったそうなので、これで安心して一年を平穏無事に過ごせそうだ。





2014年1月2日

あけましておめでとうございます。 2014







今年の正月は、ふいに思い立ち靖国神社へ出かけてきた。



 毎年話題になる場所だが、一応戦後生まれの自分にとってはやや遠い存在だったので、一度も行ったことが無かった。



 批判するにせよ受け入れるにせよ一度は実物を見ない事には・・・・・ということで、家族そろっての参拝となった。


 元旦なので、さすがに大勢の参拝者で溢れ、本殿に向かう参道には列を作っていた。

 沢山の屋台が出て、外国人の姿も見られるなど、正月にはどこの神社でもみられる賑やかな雰囲気に満ちていた。

 やや身構えた気持ちで来たので、あまりに普通の様子にやや拍子抜けの気分となる。
 





 同じ境内にある軍事博物館(遊就館)にも多数の人がいて、あまりゆっくり見れなかったが、この神社が明治の戊辰戦争(幕府軍と新政府軍)の死者を弔うために生まれた事を知った。

 その後、第二次大戦までの戦死者も祭られているわけだが、純粋に戦死者を弔う施設から国家が戦争を遂行するために必要な”装置”に変身してきたのではなかろうか。


 しかし、ここに祭られて「英霊」になれることを信じて死んでいった人が何千何万といるわけだから、簡単に批判する事も難しい。












 ここから歩いて15分のところに千鳥ヶ淵戦没者墓苑がある。

 皇居のお堀端にひっそりたたずむこの墓苑は、靖国神社の賑わいとは全く無縁の場所であるが、ここには身元不明の戦死者の遺骨が35万柱納められているらしい。


 先日、米国の国務長官や国防長官が参拝に来たそうだが、何もない広場に公園の休憩所のような建物がポツンと建っているだけで、国立の墓苑と言うにはあまりにお粗末な場所だった。



 靖国に代わる施設はあった方が良いと思うが、ここは貧弱すぎるので施設の在り方を根本的に考え直した方が良いだろう。