・・・かねてよりこの南房総という土地に心引かれ、鴨川市二子という村で築百数十年の古農家に出会い、ここに居を構える。 この村でより土に近い生活を送りながら、ここで出会った”神々”達と心を通わせ、その姿を様々な形で表現したいと考えている。
2011年1月6日
魔除けの作りもの
先月訪ねた「房総の村」で出会った、数々の”魔除け”がとても興味深かった。
ここは昔の房総半島にあった農家や町屋を再現して、当時の村の様子が伝わるようにうまく作られている。
建築物にも興味はあるが、かつて村々の入口に置かれ、災難を避けるために作られた、藁で作ったグッズ達がおもしろい。
ぞうり、タコ、えび、すごろく、そして神様などなど、人は”魔”を避けるために色々な物を創造する。
東北でも藁で出来た、厳めしい巨大な人形を見たことがあるが、おそらく日本中に様々にデザインされた、魔除けの作り物が沢山あったのだろう。
身近にいつも”魔”を感じ、その”魔”をうまくコントロールしながら生活していく感覚は、現代ではすでに萎えているが、人の想像(創造)力のたくましさは何ともオモシロイ。
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2011年1月2日
田に浮かぶ 月の船
新年あけましておめでとうございます。
こちらでの定住生活もほぼ3年となり、50年以上住んでいた東京よりも、ここでの生活の方がシックリ来るようになってきた。
たまに東京に戻ると、何だか自分がペラペラの消耗品になったようで、とても居心地が悪い。
今年もここで出会い、ここで考え、ここで感じたことを一つ一つ形にして、表現していくことを続けたい。
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2010年12月31日
暮れの夕日
うちの縁側は夕日の名所、となっている。
デッキも出来たので、ますますその価値が上がったかな! と思う。
今年も最後の夕日が沈む。
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2010年12月26日
2010年12月25日
「ヤン・リーピン」に感動する
中国の雲南省出身で、国宝級のダンサーと呼ばれているヤン・リーピンが、来年4月に東京公演を行うという新聞記事を最近見た。
残念ながら私はこの人のことを全く知らなかったのだが、新聞記事に載っていた彼女の踊る姿がとても気になり、早速チケットを予約してしまった。
その翌日になってから、ユーチューブで彼女の映像を探し、何本かその舞踏を観ることが出来た。
圧倒されたとは、まさにこの事である。
まるで別の生き物が、その肉体にとり付いたかのごとく、今まで見たことも無い踊りに目が釘付けとなった。
その美しさと、表現者としての圧倒的な存在感が、映像から強烈に伝わり思わず胸が熱くなった。
彼女の来年の舞台を、楽しみに待ちたいと思う。
http://www.youtube.com/watch?v=kwFHA7DjQcU&feature=related
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2010年12月24日
ヌカまき
ここは海に近いせいか、時々強い風が吹きまくり、
庭に置いてあるものが良く飛ばされる。
今日は朝から風が強かった。
田んぼに米ぬかを撒いたが、あまりに風が強くて外に飛んで行ってしまうので、
途中であきらめた。
本当はもっと早い段階で撒かなくてはならないのだが、なかなか思うようヌカが手に入らなくて、今日になってしまった。
庭に置いてあるものが良く飛ばされる。
今日は朝から風が強かった。
田んぼに米ぬかを撒いたが、あまりに風が強くて外に飛んで行ってしまうので、
途中であきらめた。
本当はもっと早い段階で撒かなくてはならないのだが、なかなか思うようヌカが手に入らなくて、今日になってしまった。
2010年12月23日
冬の田に水を張る
このブログへの投稿も、ずいぶんと間が空いてしまった。
毎日のようにやるべきことに追われているので、書く事が無くなってしまった分けではないが、
こちらでの定住生活も二年ほど経って、日々の出来事が定番化しつつあり、以前ほどは新鮮な目で見れなくなっているのかも知れない。
昨日は結構雨が降ったので、田んぼは満水状態だが、二枚のうち上の田はどうしても水が抜けやすいので、半分ほど鍬でシロカキをした。
二、三日様子を見て、また抜けてしまえば対策を考えなくてはならない。
この田での稲作は来年が3回目になるが、「不耕起栽培」を取り入れて、無農薬、無肥料でやっていくのを目標としている。
今年は収量がかなり落ちてしまったので、来年は色々やり方を考えて”倍増”させたい。
2010年11月27日
虫と目が合う ・・・・・・ 稲子
今年は例年になく、田んぼにたくさんのイナゴが飛び回っていた。
稲の葉をかじるので「害虫」にされているが、それほど極端な被害は出なかった。
写真を撮ってやろうとゆっくり近づいたところ、彼が突然こちらに振り向いた。
その時に、私の目と彼の目がしっかりと合ったのである。
相手も逃げ出すわけでもなく、互いにしばらくそのまま見つめあう形となった。
このように”虫と目が合う”という経験は無かったので、とても不思議な時間であった。
2010年11月13日
棚田ネットワーク
NPO法人棚田ネットワークが主催する「第5回東京棚田フェスティバル」に出掛けてきた。
全国で棚田の保存運動している組織が沢山あり、それをまとめているのがこの棚田ネットワークになる。
遠くは福岡、高知からも参加していたが、鴨川からは大山千枚田の代表が来ていた。
午後からは各地域の方が集まりシンポジウムが開かれ、私も参列させてもらった。
それぞれの地域で棚田の存続のために、様々な取り組みが行われていて心強く思ったが、最大の課題はやはり実際に田んぼを耕作する”担い手”の確保だった。
これについては、決め手となる解決策は今のところ見当たらない。
それぞれの地域が、それぞれに工夫をして乗り越えなくてはならない、参加者の話をお聞きして改めて思った。
なかなかの難問であるのは間違いないが、これに見通しがつかないと棚田も”山林”に戻るしかなくなる。
2010年11月11日
棚田は残せるのか・・・・
そろそろ季節は秋から冬の入口に近づいてきました。
棚田も秋の田起こしを済ませ、ひっそりとしています。
この太平洋を見下ろす風光明美な棚田も、あと何年くらい生き残っていけるのか・・・・・・?
高齢化による離農がここでも進んでいるので、この田んぼを耕作していく人がどんどん減っている。
鴨川市による「棚田オーナ制度」によってその”延命”を図っているが、肝心の耕作者がいないとそれも続かない。
山の田んぼを農業という生産の場ととらえると、条件が厳しいので難しいなと思うが、ここを都市住民などの農業体験、あるいは交流の場として活かし、多様な人たちが集まり楽しい雰囲気が出てくれば、新しい可能性が少しは見えてくるような気がしている。
地元の人たちだけに負担を求めるのではなく、よそから来た人たちも一緒に、ここの維持、活用を考えてみよう! ということで「鴨川二子棚田保存会」を起こすことにした。
内容については、これから有志の方と詰めていかなくてはならないが、出来るだけ多くの方の参加を望みたい。
棚田も秋の田起こしを済ませ、ひっそりとしています。
この太平洋を見下ろす風光明美な棚田も、あと何年くらい生き残っていけるのか・・・・・・?
高齢化による離農がここでも進んでいるので、この田んぼを耕作していく人がどんどん減っている。
鴨川市による「棚田オーナ制度」によってその”延命”を図っているが、肝心の耕作者がいないとそれも続かない。
山の田んぼを農業という生産の場ととらえると、条件が厳しいので難しいなと思うが、ここを都市住民などの農業体験、あるいは交流の場として活かし、多様な人たちが集まり楽しい雰囲気が出てくれば、新しい可能性が少しは見えてくるような気がしている。
地元の人たちだけに負担を求めるのではなく、よそから来た人たちも一緒に、ここの維持、活用を考えてみよう! ということで「鴨川二子棚田保存会」を起こすことにした。
内容については、これから有志の方と詰めていかなくてはならないが、出来るだけ多くの方の参加を望みたい。
2010年10月31日
足踏み4時間。
台風が来る前に終わらせたいと思ったので、一昨日から脱穀を始めた。
近所の農家に譲ってもらった足ふみ脱穀機を修理して、今回が初めて実戦となる。
フレームがかなり白アリにやられていたのでどうなる事かと思ったが、期待以上の働きを見せてくれた。
一反程度の田んぼなら、この脱穀機で十分対応できるように思う。
2010年10月23日
これでお仕舞い
夏の間格闘してきた田んぼ周辺の草々も、今はすっかり秋の装いとなり、優雅さを感じるほどである。
夏から秋への季節の移り変わりは、毎年このような姿を見せてもらうことで、納得出来る。
この作品も手掛け始めて一年半になる。
少しづつ付け加えることで、当初は鉄の枠組みだけだったものが、このように変貌してきた。
持っているテーマは(下の文章を参照してください)変わらないが、感じたことの表現方法が少しづづ変化している。
ただ、もうこれ以上は止めにして、次の作品に向かいいます。
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草や木、虫や魚、カエルやイノシシ、そして人間も、
あらゆる存在物が「スピリット」でつながっている。
生でも死でもない、エネルギーの連続体の中に無数の
「スピリット」が住んでいる。
そんな、現れては消滅してしまう「スピリット」の仮の宿を
表現する。
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2010年10月10日
雨上がりの夕方
二日続けての雨で、村祭りの御輿が出せなかった。
この時期に、これ程雨が降ることは少ないので、御輿が出せなかったのは20年振りらしい。
仕方なしに、集まった村の衆は小さな神殿の一角で酒盛りとなった。
集まった顔触れは毎年同じだが、30代が一人いるだけで、後は60代、70代が中心となり、平均すれば60半ばとなる。
日本の農業を支える世代の縮図と言えそうだが、本当にこの後に続く世代が、ここにも居ない。
この御輿も、担ぎ手が居なくなるのは時間の問題だ。
あれほど降った雨も夕方にはすっかり止み、晴れ渡った空には夕刻の太陽が、雲をピンク色に染めていた。
晴れ間を待って出発した子供達が引く山車が、太鼓の音を山々に響かせていた。
晴れて良かった。
この時期に、これ程雨が降ることは少ないので、御輿が出せなかったのは20年振りらしい。
仕方なしに、集まった村の衆は小さな神殿の一角で酒盛りとなった。
集まった顔触れは毎年同じだが、30代が一人いるだけで、後は60代、70代が中心となり、平均すれば60半ばとなる。
日本の農業を支える世代の縮図と言えそうだが、本当にこの後に続く世代が、ここにも居ない。
この御輿も、担ぎ手が居なくなるのは時間の問題だ。
あれほど降った雨も夕方にはすっかり止み、晴れ渡った空には夕刻の太陽が、雲をピンク色に染めていた。
晴れ間を待って出発した子供達が引く山車が、太鼓の音を山々に響かせていた。
晴れて良かった。
2010年9月30日
品種を考える・・・・・・・
この辺りで育てる稲は「コシヒカリ」が普通なので私もそれを選んでいるが、今年は試しに隣人が作っている「とよのさと」という品種を、少し分けてもらい植えてみた。
写真では分かりづらいかもしれないが、手前の黄色くなっているのが「コシヒカリ」、奥のまだ青いのが「とよのさと」である。
同じ時期に植えたものだが、見ての通り大きさがまるで違うし、茎の太さ、実の多さもはっきり違う。
コシヒカリに比べて食味は劣るらしいが、化学肥料、農薬に頼らない農法で育てるには品種も考えなくては・・・・・とこれを見て考えさせられた。
2010年9月23日
あいちトリエンナーレ
今は午後10時で、気温は18度。
昨日まで愛知にいて、連日30度を超す天気だったので
まるで別世界のよう。
今回の旅の目的は友人を訪ねることと、六古窯の一つである常滑へ行くこと、そしてこのあいちトリエンナーレを観に行くことである。
今は色々な地方でアートの祭典が行われるようになったが、名古屋という大都市の街中で開催されることは少ないと思う。
古い問屋街に点在している空きビルを利用して、様々な展示が行われていたが一番驚いたのは地図を手にしながら、それぞれの会場を見て回る人の多さである。
家族連れからシニア層まで幅広い人たちが、熱心に参加して(それも暑い中!)いるのをみて、意外にもアートに対する興味を持っている人が多いことに感心した。
2010年9月15日
「THE HOUSE OF SPIRITS」
現代の分断された空間や時間ではなく、空も大地もあらゆる生き物達もが有機的につながり、時はらせんを描いてゆっくりと再生していく。
そのような世界で生きていた彼らは、土器という形でその世界を表現していたが、その創作のテーマは「死と再生」であったと想像している。
死と生が常に隣り合せで、いつでもその両方の世界を往復できるし、自分と他の生物たちとも常に往来が可能な世界には、名前も形も無い“SPIRITS”たちが満ち満ちていたことだろう。
それらを失ってしまった現代に、もう一度豊饒な世界を取り戻すための“道標“をテーマとした。
高さ 2500 幅 2600 奥行 2200mm
素材 自然木 鉄 古布など
この1ヵ月は公募展に出品する作品作りに没頭していたので、裏の田んぼにさえ行かず、稲の状況がどうなっているのかも分からない有様である。
今回は粘土を使わない作品となったが、テーマとしては今までの延長である。
東北地方に伝わる民間信仰に「オシラサマ」という神様がいる。
木の枝に何重にも布を巻きつけた人形が信仰の対象になるのだが、今回はそれも意識して取り入れている。
(以下の文章は制作意図ととして、作品に添付したもの)
まだ国家が成立する以前、そして人と自然との間に亀裂が生じる前の世界に暮らしていた、この国の先住民(縄文人)たちに思いを馳せている。
現代の分断された空間や時間ではなく、空も大地もあらゆる生き物達もが有機的につながり、時はらせんを描いてゆっくりと再生していく。
そのような世界で生きていた彼らは、土器という形でその世界を表現していたが、その創作のテーマは「死と再生」であったと想像している。
死と生が常に隣り合せで、いつでもその両方の世界を往復できるし、自分と他の生物たちとも常に往来が可能な世界には、名前も形も無い“SPIRITS”たちが満ち満ちていたことだろう。
それらを失ってしまった現代に、もう一度豊饒な世界を取り戻すための“道標“をテーマとした。
2010年9月5日
「甦る縄文の思想」 梅原 猛 ・ 中上 健次
もともと小説はあまり読まない方だが、20代の頃、友人に勧められて読んだ「中上 健次」にハマってしまい、彼の作品はほぼ全部読んだと思う。
彼の作品の舞台となった和歌山県へ、わざわざ出かけたこともあり、若き日の良き思い出につながっている。
彼の小説の魅力は、描かれている人間のうわべの化粧を全部はぎ取って、生々しい「人間の原型」とも言える、骨太な登場人物のドラマが溢れかえっていることである。
精神的に去勢されてしまったような、現代の都市生活者とは対極に位置する中上の世界は、すでに若くして亡くなって20年近くなるが、まるで色あせることがない。
この本は、1985年に梅原 猛と青森のねぶた祭りに参加した際に行われた対談集だが、偶然に図書館で見つけ初めて読むことになった。
彼が縄文について強い関心を持っていた事は、今回初めて知ることになったのだが、”縄文的思想”というものがあるなら、中上健次は間違いなくその継承者の一人である。
数十年ぶりに、彼の作品を読み返してみたくなった。
2010年8月18日
今年もイノシシが・・・・・・・
稲に小さな白い花が咲き、ようやく穂が出てきた。
全体の出来は去年の7割程度だが、何とか今年も米が獲れそうだ。
市内の田んぼでは先週末あたりから、もう稲刈りが始まっているがこちらは10月末の予定でいる。
今年も案の定、イノシシが出現したので無粋ながら電気柵を張り巡らした。
イノシシに限らず、獣の数は年々増えているようだ。
耕作放棄地が増えるので、獣の住処も増える。増えた獣が作物を荒らすのでまた耕作放棄地が増える。
こんな悪循環で里山が荒れてしまう。
全体の出来は去年の7割程度だが、何とか今年も米が獲れそうだ。
市内の田んぼでは先週末あたりから、もう稲刈りが始まっているがこちらは10月末の予定でいる。
今年も案の定、イノシシが出現したので無粋ながら電気柵を張り巡らした。
イノシシに限らず、獣の数は年々増えているようだ。
耕作放棄地が増えるので、獣の住処も増える。増えた獣が作物を荒らすのでまた耕作放棄地が増える。
こんな悪循環で里山が荒れてしまう。
2010年8月16日
1st KOZUKA ART FESTIVALが終わる
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