2008年10月21日

闇の王









 かつては”ニホンオオカミ”がこの国の森の主であったが、すでに
明治時代に絶滅してしまった。                                           
 今それに代わる森の獣といえば”イノシシ”になるだろう。
この鴨川でも年間数百頭が捕獲されるという。                                  
 その強力な「鼻力」でイモやレンコンを掘り上げ、稲までも
食ってしまう厄介な生き物である。                                         
 夜行性であるためか、私は出会ったことはないが、今でも
夜な夜な出没している。








2008年10月17日

大工のSさん






 うちの車庫兼アトリエを建ててもらったのが、この村唯一の大工、
Sさん。
 生真面目で職人気質。こちらの要望を、なんでも叶えてくれる確かな
腕を持っている。
  その仕事っぷりを見ると、”千の手を持つ男”という称号が
ふさわしい、


花 ・ コスモス











 今一番目立つ花といえば、コスモス。                   
 どこを見ても、コスモスばかり。                       
 可憐な花だが、生命力はかなり強い。                   
 毎年必ず、咲き乱れる。


2008年10月15日

富士山焼き


 囲炉裏を新しく作り直してから、3回目の土器焼成を始める。                      
 粘土で成形したものを炭で囲み、さらにそれを灰で覆う。
  
 灰で覆うのは空気の量を制限し、ゆっくり時間をかけて焼くためである。                            
  今回は6点がこの中に入っている。                                                             
 急激に温度が上がると、割れてしまう可能性が高くなる。
 一般的に土器は、薪を組んだ「野焼き」で行われることが多いが、この方がはるかに失敗が少ないし、きれいに焼ける。                                 
     
 古代より住居の中には必ず”炉”があったので、この方法で土を焼くことは、その生活実態と無理なく結びつく。     
    
 頂上の炭に着火してから2日間、ただじっと待つだけである。                        
   

   
 今日作業中に、灰を盛り上げた姿が、まるで雪をかぶった”富士山”の様であることに気がついた。                      
 
 それで「富士山焼き」という名を思いついた。
                                        

2008年10月2日

今年は栗が豊作


                
今年はサツマイモが不作だったが、栗が大豊作。  
       
早速、近所から頂いた栗を茹でたり、焼いたりして食べた。
 このようにシンプルな調理法で食べる栗が、とてもうまい。                                                                                                                                                
  栗は縄文時代の主要食。自然採集だけでなく、人工的に栽培していた痕跡もあるらしい。

                                                  
      この夏に訪れた「三内丸山遺跡」には、直径約1メートルの栗の柱が埋まっており、この柱の太さから想定された、高さ20メートルの建築物も再現されている。

  何のための建物かは謎だが、これを立ち上げるためのエネルギーを考えると、かなり重要な意味を持つ”場”だと思われる。

2008年9月25日

七鈴鏡 - 峯岡遺跡

  
 
 
                                                                                   
                                      
                                         
                                          
  
 七鈴鏡とは、七つの鈴が付いた銅製の鏡である。
 
 ここ鴨川市を東西に横切るのが峯岡山系で、千葉県で最高峰である海抜400メートルの愛宕山を中心に海抜100メートルから400メートル程の低い山々が連なっている。
 尾根伝いの道路を造成中に発見されたのが峯岡遺跡で、そこからこの鏡が発見された。                                                 
 各地の古墳の中に、この七鈴鏡を腰につけた巫女の土偶が発見されており、おそらく祭礼時に使用されたものと思われる。   
                          
 奈良時代までこの当たりのどこかが聖なる場所とされ、死者をまつる場所、また霊と交感する場所とされていたようだ。
 

2008年9月19日

姫と老人

 













  村名である「二子」の由来(7月のブログを参照してください)となった、”双子の姫”です。





    
 







     長い竹をつえ代わりにした老人が、散歩の途中、時々我が家の前を通る。
 顔を合わせると少し世間話をして、又ヨタヨタと歩き去る。


  そう言えば、最近見かけなくなったが・・・・・・

2008年9月18日

日米の先住民

                   ………アメリカの先住民たちは一万数千年前からの思想というものを、いろんな風に変わってはいますけど、根本はあまりいじっていないのだと思うのです。
 ですから、あの人たちが一体どういうものの考え方をしているか、ということを考えてみると、一万数千年前にユーラシアの北の当たりにいた人たち、モンゴロイドと言われた人たちが、いったい何を考えていたかというのが、ある程度推測が出来るわけです。
 
 それを照らし合わせてみると、日本でいわゆる縄文といわれているものが、決して日本列島の中に閉じ込められたものではなくて、南にも北にも大きく広がっていく世界で、その記憶をアメリカ先住民の人たちはいまだに強く持っていることが見えてきます。      
  (「東北ルネッサンス」 赤坂憲雄×中沢新一より抜粋) 
 
                           
 アメリカ合衆国はせいぜい建国200年程度の国。それまでは先住民インディアン達の世界だった。
 ということはアメリカは200年前まで縄文時代だった、とも言えるのだ(!)
 彼らの考え方を知ることは、日本の歴史の深層を知ることにつながる。

2008年9月17日

花 - 幕の内風







小さな花の中に、また小さな花が集まって咲いている。よく見ると変わった花だ。
 毎年この時期になると、一斉に花開く。

2008年9月10日

クモ






 この時期は、クモの活動も活発になる。              


 大小様々な種類のクモが(国内には1300種類いるらしい)、あちらこちらでネットを張り、獲物を待ち構えている。


 彼らは人類が現れる遥か以前、4億年前から存在している立派な“先住民”でもある。


   当家の屋内にも、一匹のクモがいる。
 クモの寿命はどれ位なのかは知らないが、もう何年も前から同じ種類のクモを、家の中でたびたび見かける。
 いつも同じ場所で、じっとしていることが多い。
















 見てくれはかわいいとは言えないが、人が近づくとあわてて逃げだす小心者で、どこか憎めないところがある。

2008年9月1日

青空の蝶

                                                          














 しばらく曇天が続いていたが、今朝は輝く青空。


 今年は蝶を見かけることが、とても多い。ここに来るようなってから、こんなにたくさんの蝶に出会うのは、初めてかもしれない。

 何と言っても蝶は”優雅さ”という点では、昆虫の中の筆頭である。その舞う姿は見飽きることがない。

2008年8月26日

「蝸牛  カタツムリ」

                                                 
 私たちが所属する天の川銀河は、数千億の恒星からできている。
 またこの宇宙にはこのような銀河が、数千億存在しているという。

 つまり、宇宙には少なくとも1000億の1000億倍以上の恒星があるということ。

 現在の宇宙は、誕生から約137億年経っているらしいが、現在でも急速に膨張を続け拡大している。しかし、いつかは収縮に変転し、消滅しまた無に還る。
 そして再びビッバンを起こし、宇宙の生成を始め拡大していく。

 最新の理論によると、現在の宇宙は50回目の再生ということになっている。つまりこの宇宙自身も、再生と終焉を繰り返しているということになる。
 
 もしかしたらこのような宇宙が、他にも無数に存在し、終焉と再生とを繰り返しているとしたら・・・・・・。   

    
      目まいがします。



  万物は流転する------

      ”渦巻き銀河”を背に乗せて、蝸牛はゆるりと歩む。

2008年8月23日

「ネイティブ・ジャパニーズ」ということ

 この鴨川の隣に和田町という、昔は捕鯨で栄えた漁師町がある。
 数年前、その町のカフェで北山耕平氏の講演があることをポスターで知り、出かけて行った。

 店には”ブック&カフェ”とたいそうな看板が付いていたが、昭和初期に建てられた漁師の小民家を少し改装し、畳敷きにちゃぶ台を並べただけのシンプルな作りである。

 私はそれまで北山氏の名前を知らなかったが、講演の案内ポスターに”縄文・・・”の文字を見つけ興味を持った。

 氏は元々ネイティブ・アメリカンの研究、紹介をされている方であるが、そこになぜ”縄文”が出てくるのか・・・・・

 そこで教わったことは「ネイティブ」という生き方、考え方である。
 ネイティブの辞書的な意味は「先住の、もともとある、原産の、その土地の人」ということだが、北山氏の考えるそれを私なりにまとめると、「大地と緊密なつながりを持ち、あらゆるものを有機的に再生し続ける、そのような考え方を持って、生活を送っている人々」ということになる。
 以前は地球上のあらゆる場所で(今は少数民族として)、その土地と自然の声に耳を傾け生活する人々が大勢を占めていたが、人の作り上げた「文明」によって、それらの声を聞く耳はすっかり衰えてしまった。
 21世紀に入り、その「文明」が大きな転換点を向かえているが、その転換点の向こう側を知るには、もう一度「ネイティブ」な心を思い出すしかないと思う。
 
 そこからネイティブ・ジャパニーズ=縄文が導き出されるのだが、この国の先住民であり、”ネイティブな心”を持っていたと想像される縄文人のことを考えることは、決して考古学的な意味ではなく、未来の生き方の選択の問題である。
                                                   
 北山耕平氏のブログ
http://native.way-nifty.com/native_heart/

2008年8月22日

「山羊の王冠」

 ハナちゃんの”巨乳”に触発され作りました。



 





「田の五人衆」


(新囲炉裏での初焼き)




                     
                      
・・・・ わずか二十数世帯のこの小さな村にも、目を凝らせば草木一本づつに、様々な精霊が宿っています。
 特に田んぼの彼らは、それぞれ頑固で一歩も譲りません。 
 
 

2008年8月13日

新・土器焼成囲炉裏完成!!



 1週間程かけて、以前からあった屋外囲炉裏を改造し、屋根を付けた。
 これで雨も日も安心!
 しばらく滞っていた土器焼成を再開する。

2008年8月8日

青森・ねぶた・縄文

                          
 昨日までの2日間、青森に滞在
した。目的は「ねぶた祭り」と縄文
最大の遺跡である「三内丸山」で
ある。

 結論から言ってしまうと、こちらの思い込みが強すぎたせいか、両方ともやや肩透かしであった。 

 ねぶたは東北を代表する祭りであり、そこに暮らす人々の歴史と 思いを表現する場であったはずだが、今では妙に統制がとれており、こじんまりした印象を受けてしまった。

 三内丸山も、およそ200世帯の縄文人が1500年間暮らした足跡を残す、考古学的には貴重な場所ではあると思うが、出土された土器類 にはあまり見るべきものがなく、ちょっと残念だった。
                          

 しかし、収穫はあった。
「棟方志功」(ムナカタ シコウ)の再発見である。
 この東北生まれの”板画”アーティストについては、
もちろん、その存在は知っていたつもりだが、今回 
改めて2ヵ所の美術館でその作品をじっくり観ることができた。
 本人も述べているように、その作品には「ねぶた」の影響を大きく受けているし、「縄文的」なる精神の正統的な継承者である、との確信を受けた。
                    
 東北の地でこの作品群に出合ったことが、私自身の再発見に繋がったと思うが、ムナカタはこの国を代表する、アートの巨人であることは間違いない。