この鴨川の隣に和田町という、昔は捕鯨で栄えた漁師町がある。 数年前、その町のカフェで北山耕平氏の講演があることをポスターで知り、出かけて行った。
店には”ブック&カフェ”とたいそうな看板が付いていたが、昭和初期に建てられた漁師の小民家を少し改装し、畳敷きにちゃぶ台を並べただけのシンプルな作りである。
私はそれまで北山氏の名前を知らなかったが、講演の案内ポスターに”縄文・・・”の文字を見つけ興味を持った。
氏は元々ネイティブ・アメリカンの研究、紹介をされている方であるが、そこになぜ”縄文”が出てくるのか・・・・・
そこで教わったことは「ネイティブ」という生き方、考え方である。
ネイティブの辞書的な意味は「先住の、もともとある、原産の、その土地の人」ということだが、北山氏の考えるそれを私なりにまとめると、「大地と緊密なつながりを持ち、あらゆるものを有機的に再生し続ける、そのような考え方を持って、生活を送っている人々」ということになる。
以前は地球上のあらゆる場所で(今は少数民族として)、その土地と自然の声に耳を傾け生活する人々が大勢を占めていたが、人の作り上げた「文明」によって、それらの声を聞く耳はすっかり衰えてしまった。
21世紀に入り、その「文明」が大きな転換点を向かえているが、その転換点の向こう側を知るには、もう一度「ネイティブ」な心を思い出すしかないと思う。
そこからネイティブ・ジャパニーズ=縄文が導き出されるのだが、この国の先住民であり、”ネイティブな心”を持っていたと想像される縄文人のことを考えることは、決して考古学的な意味ではなく、未来の生き方の選択の問題である。
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