・・・かねてよりこの南房総という土地に心引かれ、鴨川市二子という村で築百数十年の古農家に出会い、ここに居を構える。 この村でより土に近い生活を送りながら、ここで出会った”神々”達と心を通わせ、その姿を様々な形で表現したいと考えている。
2010年10月31日
足踏み4時間。
台風が来る前に終わらせたいと思ったので、一昨日から脱穀を始めた。
近所の農家に譲ってもらった足ふみ脱穀機を修理して、今回が初めて実戦となる。
フレームがかなり白アリにやられていたのでどうなる事かと思ったが、期待以上の働きを見せてくれた。
一反程度の田んぼなら、この脱穀機で十分対応できるように思う。
2010年10月23日
これでお仕舞い
夏の間格闘してきた田んぼ周辺の草々も、今はすっかり秋の装いとなり、優雅さを感じるほどである。
夏から秋への季節の移り変わりは、毎年このような姿を見せてもらうことで、納得出来る。
この作品も手掛け始めて一年半になる。
少しづつ付け加えることで、当初は鉄の枠組みだけだったものが、このように変貌してきた。
持っているテーマは(下の文章を参照してください)変わらないが、感じたことの表現方法が少しづづ変化している。
ただ、もうこれ以上は止めにして、次の作品に向かいいます。
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草や木、虫や魚、カエルやイノシシ、そして人間も、
あらゆる存在物が「スピリット」でつながっている。
生でも死でもない、エネルギーの連続体の中に無数の
「スピリット」が住んでいる。
そんな、現れては消滅してしまう「スピリット」の仮の宿を
表現する。
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2010年10月10日
雨上がりの夕方
二日続けての雨で、村祭りの御輿が出せなかった。
この時期に、これ程雨が降ることは少ないので、御輿が出せなかったのは20年振りらしい。
仕方なしに、集まった村の衆は小さな神殿の一角で酒盛りとなった。
集まった顔触れは毎年同じだが、30代が一人いるだけで、後は60代、70代が中心となり、平均すれば60半ばとなる。
日本の農業を支える世代の縮図と言えそうだが、本当にこの後に続く世代が、ここにも居ない。
この御輿も、担ぎ手が居なくなるのは時間の問題だ。
あれほど降った雨も夕方にはすっかり止み、晴れ渡った空には夕刻の太陽が、雲をピンク色に染めていた。
晴れ間を待って出発した子供達が引く山車が、太鼓の音を山々に響かせていた。
晴れて良かった。
この時期に、これ程雨が降ることは少ないので、御輿が出せなかったのは20年振りらしい。
仕方なしに、集まった村の衆は小さな神殿の一角で酒盛りとなった。
集まった顔触れは毎年同じだが、30代が一人いるだけで、後は60代、70代が中心となり、平均すれば60半ばとなる。
日本の農業を支える世代の縮図と言えそうだが、本当にこの後に続く世代が、ここにも居ない。
この御輿も、担ぎ手が居なくなるのは時間の問題だ。
あれほど降った雨も夕方にはすっかり止み、晴れ渡った空には夕刻の太陽が、雲をピンク色に染めていた。
晴れ間を待って出発した子供達が引く山車が、太鼓の音を山々に響かせていた。
晴れて良かった。
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