2013年8月11日

蔵の解体作業


 各地で"40度超え猛暑"のニュースが流れている。

 全く雨が降らず、まだ穂が出来る前の我家の田んぼは、ピンチが続いている。






 そんな中、千葉県茂原市の農家で古い蔵の解体作業があると聞き、興味本位の手伝いに行ってきた。


 太い梁に支えられた立派な蔵だが、東北大地震の時にかなりダメージを受け、取り壊しとなったそうだ。




 バールやハンマーでひたすら壁の土を落とす作業を行い、全身が泥と埃にまみれることになった。

 何もこんな暑い日にやらなくてもよい仕事だが、20名近いボランティアの方が黙々と作業を進め、夕方にはほぼ骨組みだけとなった。



 
 山から切り出した木材を手作業で柱や床板に仕上げ、竹を組み、泥をこねて壁を築いた100%手仕事の建築物は、また違う場所で再生されるのを待つことになる。

2013年7月28日

雨乞いの踊り


 一昨年に復田した3枚の田んぼは、やはり今年も水持ちが良くない。
1週間も雨が降らないと、水が枯れ土が見えてくる。

 やはり、まともな田んぼになるには後1,2年はかかりそうだ。







 それだからと言う訳ではないが、鴨川の北風原(ならいはら)で行われている雨乞いの踊り(鞨鼓舞)を観に行ってきた。


 3匹の獅子を中心に4人の童子と道化役のオカメと赤面たちが、物語をたどりながら雨を呼ぶ舞を踊る。

 昔は村々を練り歩き、それぞれの場所で舞を披露したらしいが、踊りのしぐさも分かり易いし、時々見せる道化役たちのパフォーマンスも参加者たちを飽きさせないので、かつては村人達の夏の娯楽になっていたのではないのかなあ、と想像する。



                                                            
 
 舞も終盤になった頃、急に空が暗くなり、湿った風が吹きだしたので「本当に降るのか?!」と驚いたが、残念ながらそのままお開きとなった。















2013年7月21日

石切りの山を登る


 房総半島南部、富津にある鋸山に登る。

 近くにあって、何時でも行けると思っていると意外に後回しになるもので、こちらに来るようになってから10数年経って、初めて出かけることになった。





 この山は江戸時代から建築用の石材が取れるところで、最盛期には30件を超える業者がいたそうだが、昭和の終わりには操業を終えている。


 その江戸時代から続く石屋さんの子孫の方に案内をしていただいて、山に残る石切りの現場を見せていただいた。








 垂直に切り立つ断崖絶壁は、人の手によって少しづつ切りだされた後であるが、百メートル以上もあるその姿は圧巻で、数十年、数百年をかけて、それもツルハシやノミだけで山の姿を変えてしまう力業には驚くばかりだ。






2013年7月18日

雨を待つ




 「半島は雨が降らない」と地元の農家の人に聞いた事がある。
確かに内陸部は降っても、ここには降らない事が良くある。


 中国側から見れば太平洋に最も突き出たこの房総半島は、海からの風に流され、雨を降らす雲が滞留しにくいのだろうか。











 短い梅雨が終わってから、ひと月近く雨が降らなかったが、昨夜からやっと、まとまった天水がもたらされた。



 僅かな湧水が頼りの山の米作りは、天からの雨が命綱。


 ここで何世代にも渡ってここで稲作を続けてきた人たちの、雨を待つ気持ちが少しは分かるようになってきた。



2013年7月15日

夏の音

 
 夕暮れ時に、遠くから「カナカナカナ・・・・」とひぐらしが鳴く声が聞こえると、「あぁ夏だなぁー」としみじみ思う。



 この夏、初めてのひぐらしの音を聞いた。

 少し陽の落ちかけた時に、これを聞くと清涼感さえ感じるので、夏に一番聞きたい音だ。














3日ほど東京に居り、都市独特のまとわりつくような暑さがすっかり嫌になり、逃げるようにこちらに戻ってきた。



 一番驚いたのは、この3日間で見違えるほど苗が成長していた事だ。



 毎日見ているとあまり分からないが、この時期はすごい早さで成長している。
雨が全く降っていないので、そろそろ水不足が心配になってきた。

2013年6月25日

うきくさ














 毎年この頃になると、田んぼに浮草が出てくるがしばらくすると自然に消えてしまうので、今まであまり気にした事は無かった。



  ところが今年は出てきた時期も早く、異常なほど量が多い。
先日の強風でその浮草が大きく流され、植えたばかりの苗をその勢いで倒してしまった。


 一部の田んぼは、半分ほどが倒されやり直しとなってしまった。
来年は浮草発生前に田植えを済ますことも、考えなくてはならない。


 

2013年6月10日

今年も田植えが終わりました。

















 鴨川で稲作に関わるようになってから十数年が経つが、だんだんと肉体労働が身体に応えてくる年齢になってきたようだ。

 それでも色々な人に助けてもらいながら、今年も何とか田植えを終える事が出来た。



 私の稲作は米を収穫することより、どちらかと言えば周辺の環境を守ることに重点があるので、一度始めたら中々途中で止められない。



 これからも仲間を増やしつつ、少しでも長く維持できるようにしたい。

2013年5月25日

長岡から諏訪へ


 新潟県長岡にある製材所が骨董店を経営しており、中々リーズナブルで面白いものが沢山ある、と聞いて出かけてきた。

 広大な敷地に建物が散在し、その中のいくつかに古道具や建具等が納まっている。
 土地が広いのでそれぞれの建物も巨大で、在庫量も圧倒的で、東京周辺では考えられないくらい廉価で買える。

 この地域で解体された古民家、蔵等から出てきたものだが、まだまだ残されているものも多いらしいので、なかなか興味深い場所だ。
 


 もう少し近ければ、度々のぞきに来たいのだが・・・・・・・










新潟から長野、山梨辺りは縄文の聖地でもある。

遺跡の数も多いし、そのレベルも高い。


 もう何度もこの辺りは訪れているが、折角なので幾つかの遺跡を回ってみた。

 特別に新しいものがあったわけではないが、縄文土器と言うのは何度見ても不思議な創造物である。

 造形の感覚が明らかに現代人とは違うし、もっと言えば弥生時代以降に残された物とは全く別物と言えるくらいの断絶感がある。


 縄文人が持っていた文化とは何だったのだろうか?  彼らが文字を持っていなかったのがとても残念だ。










 翌日、少し足を延ばして長野県諏訪郡にある「井戸尻考古館」に向かう。


 新潟で糸井川のヒスイをみたり、おススメのブラック焼きそば等を食べていたらすっかり遅くなってしまい、井戸尻での滞在時間が少なくなってしまった。


 しかし、その少ない時間の中でもここに収容されている土器群は圧倒的な魅力を見せてくれた。
ここの来たのは2回目になるが、何度見てもここのはすばらしい。


 他の地域の土器もそれぞれに個性があるが、井戸尻のものは装飾を超えて”土器に書かれた文学”とも言えるような、奥深さがある。

 それは、その当時の人たちがハッキリとした神話なり、信仰を持っていたからこそ、複雑で重層的な表現が可能だったのだろう。



 いずれにしても、この島国の先住民である縄文人たちの精神世界は興味が尽きない。


2013年5月23日

苗を浮かべる










 4月13日に播いた種もみが5センチほどに育ったので、パレットごと田んぼに移した。

 ここで田植えまでの2週間を過ごすことになる。



 日中の太陽に暖められた田んぼの水は、もうぬるま湯のように暖かいので、苗達はぬくぬくと気持ち良く、どんどん成長を早めるだろう。




 車も入らない狭い山道を、一輪車に乗せた苗箱を何度も田んぼに運ぶ作業をしながら、何世代にもわたり、又はるかに広大な山の田んぼを、ここの村人たちは延々とこんな作業を繰り返したのかな、とツラツラ想う。


 後30年か、40年も経ったらこんな山の田んぼは全て元の山林に還ってしまうのだろうし、ここで稲作などしていたことも、人の記憶から消えてしまうのだろう。





 



 

2013年5月22日

五月の花をのせたシシは、足早に野を駆ける








 田植えまであと2週間、準備も9割方終えた。

イノシシの方は相変わらずで、毎日どこかが掘られているが、いちいち対応していたら大変なので多少の事は目をつむることにしている。




 近所の畑が荒らされて、ジャガイモが全滅・・・・・と聞いた。

 ずっと目をつむっているわけにもいかない。



2013年4月30日

柵を張る


 近くの竹林はすっかりイノシシに荒らされ、筍はほぼ全て喰いつくされてしまった。

 まだ地中に埋まっている若い筍をうまい事探し出し、一番おいしいところを持っていく。

 これでは竹林を整備してもイノシシを喜ばすだけになりそうだ。












 ところが、竹林を食いつくすと今度は田んぼに現れ、畦を掘られ、あちらこちらが穴だらけになってしまった。


 この時期に電気柵を張る事は初めてだが、1週間に3度も荒らされたので、止む得ず実行することになった。

2013年4月23日

カモとハト

 

 田んぼのクロ塗りをしていたら、2匹の鴨が近くに舞い降りてきて、田んぼの中の餌(たぶん狙いはドジョウ)を探し始めた。

 いつもは人の姿を見たら、一目散に飛び去ってしまうのに、今日はどういう訳か20メートルほど離れたところをウロウロしている。


 もちろん私の姿は見えているはずだが、少し人に慣れてきたのか、それとも私が風景の一部に同化して見えたのか・・・・・・・・・


 お互いに少し緊張しつつも、いつもと違う不思議な時間を過ごした。


















 種もみをまいてから1週間ほどが過ぎた。

 いつの庭の一角にパレットを並べ、鳥よけにシートをかぶせておくのだが、昨日見たらそのシートが穴だらけになっていた。



 犯人はいつもやって来る野鳩だと思うが、折角まいた種もみが少し喰われてしまった。

 止む得ず、もう一枚シートをかぶせ2重にした。

2013年4月17日

三本足の天使














 今月初めにまとまって雨が降ったので、大忙しでシロカキをして水を溜めたが、それからまたピタッと降らなくなった。

 あまり丁寧にやらなかったせいか、どうも水止まりが悪い。




 次の雨を待ってもう一度、やり直し。

2013年4月2日

我田引水 2013











 3月に入ってから、あまりまとまった雨が降らなかったので、田んぼに通じるわき水が殆んど枯れてしまった。


 田植えはいつも6月なので、まだ急ぐことはないが、水が無いのは少し心配していたところだった。





 ところが昨夜から大雨となり、湧水が勢いよく復活しだした。



 何かこの水を見たら、背中を押されるような気分になり、田んぼに水を入れ代かき作業を始めることとなった。


2013年3月22日

二度目の試し焼き





 改築後、2度目の試し焼きを行う。

 いつもは炭だけで焼いていたが、どうも温度が上がらないので、4時間ほど薪を入れてみる。

 全部で15時間の焼成だったが、温度はかなり上がったようで、いつもは見られない窯変も起きていた。




焼いたのは“普通”のカップと茶碗。

まあ、結果は良いとも悪いとも言えない。

2013年3月21日

春の順番




             冬の終わりに、盛大に花を咲かせたスイセン達も枯れ、




                 庭先のプラムが、一斉に白い花を付ける。




うぐいすが鳴き始め、桜のつぼみが膨らみ、春は段々とその体裁を整える。






やがて水を張った田んぼが、1枚、2枚と増えていく。


こうして、春は毎年毎年やって来る。


2013年3月16日

古いピアノ


 我が家にある、109年前にアメリカで作られた古いピアノ。(ボールドウィン)

 既に骨董品としての風格を備えているので、古い家にはとても納まりが良い。




 ここに来た時にはもう音が鳴らなくなっていたが、しばらくしてから弦を張り替えてもらい何とか復活した。

 本当はハンマーもすり減っているので交換したいところだが、それもやると中古車が買えるくらいの費用がかかるのであきらめた。




 このピアノの特徴は「良く鳴る」ことだ。

 少しの力でも比較的大きな音がするので、他所で違うピアノを弾かせてもらうと、あまりに音の出方が違うので戸惑う事がある。



 良くも悪くも個性的な楽器である。



 

 

2013年3月12日

紙の神々・・・「いざなぎ流」




「神のそだち、
  どこかゆらくたづぬれば、
   こけのしら山、
     滝のふもとにあるろう」






 高知県の北東部、徳島県との県境に物部村という山村がある。
 険しい山々が幾重にも折り重なるようにそびえ、その山肌にへばりつくように小さな集落が点在している。

 ここに平安時代から続くとされている民間信仰「いざなぎ流」がある。






 私はつい最近NHKのドキュメンタリー番組で初めてその存在を知ることになったのだが、もう半世紀ほど前から注目され、民俗学的な研究がされているらしい。







 焼き畑と林業、狩猟をおもな生業として生きてきた人々の生活と密接に繫がっているこの信仰は「太夫」と呼ばれる神官を中心に一年を通して様々な宗教行事が行われる。








たくさんの特色を持った信仰だが、私が最も興味を引いたのは御幣として切りだされる紙の精霊たちだ。


 神事の都度に、太夫によって作られるそれは、実に200種類以上にもなるらしい。




 つまり自分達の周りに、200を超える神々の存在を感じ取っていることになる。




 木の神、川の神、滝の神、山の神、石の神・・・・・・ 険しい山に閉ざされた生活の中で身近に感じ取れる神々は、ユーモラスで繊細で、そして美しい。


 東北にも同じような御幣の文化はあるが、こちらの方が造形的にはレベルが高いように思う。


 自然の中に無数の神々を感じ取れる感性は、この島国の人々の特色の一つであると思うが、ひらひらと風に舞うこの紙の造形は、他では見る事が出来ない大変興味深いものだ。


                                  「いざなぎ流」 映像


土佐・物部村・神々のかたち
INAX出版