2012年6月28日

モンモンの木





春の木(梅です。)をテーマに作った小品だったが、焼き上がったのが今になってしまった。

”半農”のつもりで始めたのが、つい規模を広げ過ぎて時間を取られ過ぎてしまった。

反省、反省。













でも、機械に頼らずにどこまで出来るかが良く分かったので、まあ良いとします。



2012年6月4日

水を張る





昨夜、まとまった雨が降ったので、3枚目の田にも水を張る事が出来た。
これでやっと田んぼの形が出来た。


このひと月は、田んぼを復活させる作業に殆んど時間を取られてしまった。


もうすぐ梅雨となる。
来週から田植えを始める予定。







2012年5月28日

その後の復田・・・



苗の方は順調に育っているが、復田作業の方が止まっている。


雨が少なくなり、水量が不足しているのが主な原因だけれども、この仕事は結構重労働なので少々疲れてきて、作業のスピードが落ちてきた。


特に最後の3枚目の田んぼは、後方の竹林から根が進出しているので厄介だ。


竹の根というのは恐ろしく頑丈で、根というよりは、竹そのものが地中を這っているかのようだ。





今日は朝から5月の涼風が吹く良い天気で、近所の若猫たちがデッキの上で戯れている。
そんな姿を見ていたらやる気が失せたので、今日は何もせずに1日を過ごすことに決めた。



2012年5月14日

復田4日目

復田を始めて4日目で、何とか1枚目の田んぼが仕上ったので、2枚目に入ったところで腰にきた。


田んぼに残った根っこを、むきになって掘り出そうとしたのが祟ったようだ。


残念ながら2,3日は作業を休むことにする。









2012年5月9日

やっと復田開始・・

3月には始めるつもりだった、家の前の休耕田の耕作をやっと手を付ける事が出来た。

色々と手を出し過ぎて、自分の事が後回しになっている。








あらかじめ、ユンボで葦や竹の根っこをほじくり返してもらっていたが、まだまだ地中に根が残っている。

畦も痩せてしまったので、土をのせながらクロを整えていく。




水を入れて、耕運機を回したので少し田んぼらしくなってきた。(今年は幸運なことに雨が多い。)


でも、やっと一枚目。
後2枚もある。



田んぼを元に戻すのは大変だ。

2012年4月20日

窯焚きのテスト

もう半年以上にもなるが、自作の窯で何とか土を焼きたいと思い、少しづつ実験を進めている。

土器程度の低温で焼く物なら、今の「囲炉裏式」で十分だが、それ以上の高温でとなると、色々と工夫が必要となる。


既成品の窯を買ってもつまらないので、少しづつ試みているのだが、「少しづつ」過ぎて、あまりにも時間がかかっている。




今やっているのは、スペースシャトルにも使われたという「グラスファイバー」を窯の内側に貼り、周りをレンガで囲んだものだが、これが段々うまく行き出して、炉内の温度もおそらく1200度程度には上がってきているようだ。


専用の温度計があればもっと正確に分かるのだが、これが5万円近くするので「感」だけの測定になる。





色々テストピースを焼いてみたが、だいぶ焼き物らしくなってきた。


2012年4月12日

彩色☆色縄文壺











縄文人は文字を残さなかったけど、「言葉」は持っていたはず。

「言葉」は形を持っていないから、後世の者がそのカケラを探し出すことは簡単にはできない。

だけど、意外に極々身近に使っているのかもしれない。



文字が「器」だとすると、言葉は「色」に当たる。


器は残るけど、「色」は残らない。


だから言葉は「色」に似ている。





縄文の色とは?・・・・・  


確かに漆を使った黒や赤茶は残っているけど、もっと言葉のように豊饒な「色」があったのでは、と想像してしまう。




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2012年4月6日

サクラ 咲く・・・・・・四足の壺





我が家の庭では、梅の花 → プラムの花 → そして桜の順番で春が訪れる。



桜はまだ若いので、盛大な花を咲かせるまでには至らないが、年々その勢いを増しているのが伝わってくる。








足を持った春の壺はその勢いをシカっ、と受け止める











2012年2月27日

醤油絞り












一年間寝かした「もろみ」を絞って、今日は醤油絞り。


絞りたての醤油は透明度が高く、まるでワインのよう。



味もさっぱりしていて、茹でたうどんにそのままかけて喰ったら、うまい、うまい。





2012年2月22日

九州島 熊襲の国


明治維新の人々を描いたドラマを観て、西郷や大久保の心の拠り所になっていた「桜島」を観たくなり、急遽、鹿児島に向かった。




海の中に突き出た、巨大な活火山「桜島・御岳」。
なるほど、その存在感は独特のものがあり、富士山とはまた異なった魅力がある。


対岸の浜辺に座り、しばらくその姿を観ていたが、途切れることなく噴煙が上がり、まさしく活きている山であることが、ジンジンと伝わって来る。


人の住む町の近くで、このように大きな活火山と共存している事は、初めて来た旅人にとっては何とも不思議な感じがする。


ここで生まれ育った人にとっては、やはり格別の意味があるのだろう。





上野原遺跡





全国に数万はあると言われている縄文遺跡の8割は東日本にあるが、ここにも一応遺跡はある。


私が知っている範囲では最も南にある遺跡で、規模もそれなりに大きが、出土品に目立ったものは無く、残念ながらもう一つ魅力が無い。



しかし、その先住民である縄文人の流れをくむ人々は、ここでも確かに存在していた。

熊襲(クマソ)、隼人と呼ばれていた者たちだ。

隼人塚
征服された隼人族の怨霊を
治めるために立てられたとされる。


ヤマト政権から”化外の民”とされた東北の蝦夷と同じように、ここでも独自の文化を持った民族が生き続けていたが、やはり殆んど資料が残されてなく、その実像を知るすべは殆んど無い。








トンガリ帽子型の復元住宅
この形は初めて見た。

2012年2月13日

復田

家の裏手に田んぼを借りて4年目になり、今年もまた例年通り米を作るつもりだが、家のすぐ前も6~7年ほど耕作を放棄した田んぼとなっている。


葦や竹が伸び放題となっていて、もうそこが田んぼだったか分からない状態だったが、近隣の方々に協力してもらい草を刈り、火をかけて元の田んぼの姿が現れるところまでになった。




自分のところで消費する米は、もうすでに十分なので耕作地を広げる必要は無いのだが、家の前が竹林に覆われてしまうのは何とか避けたいと思い、ここでも米を作ることにした。



 なるべく機械を使わないで稲作をしたかったのだが、ここまで広げてしまうと、そうも言ってられなくなりそうだ。

2012年2月10日

たまご











いつの間にか田んぼの中にカエルの卵が・・・・・・



毎年の事だけれど、これを見ると「春が近くに来たな~」と感じ、少しうれしくなる。


毎年、繰り返されることだけど、
毎年、感慨深くなる。


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先程、中国の雲南省にある”世界最大の棚田”を扱ったドキュメントを観ていた。
高低差500メートルの中に、何と300万枚の田んぼがあるとか・・・・。

日本の棚田などは、これに比べれば可愛いものだ。


しかも水牛で耕し、全て手植え、手刈りである。
取れた米を背中にかついで、1時間かけて山道を登っていくのを観ていたら、ため息が出た。





2012年2月6日

山焼き



毎年この時期になると行われる「山焼き」。

正確にいえば長い間休耕田となって、草や竹に覆われてしまった場所に火を入れて、少しでも原状回復するために行われる。



特に竹は火が付くと”パンパンパン”と大きな破裂音を出すので、それが近隣の山々に反響し大騒音となる。


天を焦がす大きな炎と山を囲む大音響とが相乗効果をもたらし、しばらくは恐怖感を感じるほどの状況になる。



火に慣れた地元の人がいなければ、とても、とても見ていられない。

2012年1月23日

飛行艇・・・

海上自衛隊で使われているこの国産の海難救助艇は、世界で唯一3mの高波でも着水できる性能を持っているが、武器輸出規制で海外では使うことが出来ないらしい・・・・・ というニュースをテレビで観た。



その事とは全く関係ないが、たまたま近所の子供に頼まれて、粘土で飛行艇を作っていた。

飛行艇と言うよりは潜水艦のようになってしまったが、ポイントは機体の横に取り付けられた金色のヘビである。



これは彼のアイディアであるが、私は結構気に入っている。




2012年1月12日

綱つり 2012

房総の各地に伝わる「綱吊り」の風習は、厄除け、無病息災を願うために、わらで作った造り物を村の入口に置く。

 この地区では毎年1月12日がその日に当たる。






 私は今回で2回目の参加だが、一年前にやったことはすっかり忘れてしまい、また一から教わることになった。



 先生役のご老人の一人が昨年末に亡くなったので、その方に教わった形は、もう写真でしか分からなくなってしまった。

 意図的に伝承していくことを考えないと、こういうものはアッと言う間に無くなってしまう。




本当の生活の豊かさという事は、こういうものの中に隠されているものだ。
無くしてしまうことは事は簡単だけど、それを取り戻すことは不可能に近い。




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2012年1月11日

あか焼け













もうどれくらい雨が降っていないだろう。

乾いているから、よけい夕日がきれいになる。


山が燃えているようだ。


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2012年1月3日

迎春  2012

昨年は大きな災害があり、なかなか「新年明けまして・・・・・」とは言い難い気分だが、人の世に何があっても、チャントまた春は巡って来る。


どんな状態でも前に向き直って、やっぱり生きていくしかないな、とつくづく思う。














暮れに”小さな家族”が旅立ったので、見送りを済ませてきたが、何時でもどこでも、死と生は繰り返し訪れる。


今年も自分の「生」を大事にいただいて、豊かな気持ちで時を過ごしたいと思う。






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2011年12月27日

ながい眠りに




昨夜は外でパラパラと音がしていたので、雨が降り出したとばっかり思い、そのまま眠りに就いてしまったが、翌朝、庭を見てビックリ。

あられだった。




今年はとっても冷え込む。

深夜から早朝にかけては道路も凍るので、事故も多いらしい。







夜明け前に電話があった。

18年近く一緒に暮らした飼い猫が、永い眠りに就いた。


心臓が弱っていて、薬を飲み続けていたが限界が来たようだ。

まるで、何時ものように眠っているとしか見えなかったが、私が到着したときにはもう顔が冷たくなっていた。










元々、一日のほとんどを寝て暮らしていたので、寝ている姿が一番自然に見える。 
だから、また突然目を覚ましそうだけど、もうそれは無いようだ。



永い間ありがとう。




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2011年12月20日

ラッキー ドラゴン

出発は2012年1月1日・日の出前の予定なので、まだ10日ばかり先になるが、我家のドラゴンはすでにテスト飛行も終了し、発射を待つばかりとなっている。

今年は大震災、原発事故に加え、世界の経済状況も混迷していて重苦しい一年だったが、来年はこのドラゴンが世界にハッピーとラッキーを振りまくだろう。(予定)















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2011年12月15日

ぐるぐるのツボを背負って歩むクモ






















円は始まりがあって、終わりがあり、一つの形として閉じていく。

ぐるぐる回る螺旋形は、始め無く終わり無く、永久に回転し続ける。


小さなクモも現れては消え、しかも常に姿を変え続け、同じようで同じでない。



終わり無く、同じで無く、回り続ける、それを"無常"と言うのかな?




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2011年12月8日

12月の海

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いつもの山上から海を眺める。

鼠色の雲の隙間から、一筋の光が射し、海面を光らせる。

いつもの風景は、劇的な場面に変わり、最初のセリフを語り始める。


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2011年12月5日

わらを切る

しばらく雑用に振り回されて田んぼをほっておいたら,畦をイノシシに荒らされて、随分と崩されてしまった。



もう稲刈りから1ヵ月以上経っているのに、今頃になって藁を切って田んぼに播く作業を行った。


12月としては暖かい一日で、黙々と藁を切っては播く単調な作業が、身体には心地良かっ
た。

2011年11月11日

ふり返り猫

元漁師で昔堅気





18年前に子供が拾ってきて以来、我家の飼い猫となっていた彼がいよいよ年を取って、食べ物も口にしなくなった、と聞いて東京の家まで様子を見に行ってきた。


医者に見せたところ、このままでは1週間から10日の命と言われたそうだが、家族が医者からもらった薬を与え続けたところ、食欲が出てきて少し元気になってきた。


私の母親は90歳だが、多分彼もそれと同じ位の歳になると思う。

最近の猫は、20歳以上の寿命があることも珍しくないそうなので、この調子でまた健康を回復してくれる事を祈るのみだ。


















2011年11月1日

富国式


山の草たちも、すっかり秋の装いになってきた。


ちょっと見ると、草の種類はあまり変わり映えしないように見えるが、夏の草と秋とは大きく変わってくる。


あんなに勢いが良かった夏の草達が影をひそめると、本当に季節の移ろいを感じる。







やっと脱穀も終わり、今年の稲作は終了した。

今年も、「全国農機具共進会金杯受領 富国式B型」足踏み脱穀機が大活躍。

2日間踏み続けたが、だいぶ慣れてきたせいか、それほどシンドクはなかった。